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サバイバー (バンド) : ミニ英和和英辞書
サバイバー (バンド)[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

サバイバー (バンド) : ウィキペディア日本語版
サバイバー (バンド)[ちょうおん]
サバイバーSurvivor)は、アメリカ合衆国のロック・バンド。
ロッキー3』の主題歌「アイ・オブ・ザ・タイガー」の世界的ヒットで知られる。
== 略歴 ==
1977年シカゴで結成、1979年デビュー。ブラス・ロック・バンド、「アイズ・オヴ・マーチ」の元メンバー、(1950年イリノイ州生れ)が「チェイス」の元メンバーであったデニス・ジョンソンとゲイリー・スミスを誘って結成した〔ジムは、チェイスのファーストアルバム「追跡」に『ボーイズ・アンド・ガールズ ''Boys and Girls Together''』を提供し、ラストアルバム「復活」にはボーカルで参加している〕。他のメンバーもサバイバー結成以前から活動していた、バンド名の通りアメリカン・ロックの「生存者、生き残り(=サバイバー)」たちである〔サバイバーというバンド名には、チェイスの他のメンバーが1974年に飛行機事故で他界した際、当時チェイスに参加していたジムはバスで移動、デニスとゲイリーは不参加という別行動を取っていたため難を逃れた「生存者」を意味するという説、またその中でも特にジム・ピートリック1人がニックネーム的にsurvivorと呼ばれていたとする説もある。〕。
作風は一作目から一貫してハスキーなヴォーカルが特徴のポップでメロディアスなハードロックである〔ただし、サバイバーの"Reach"・ジミのソロ"Crossroads Moment"いずれも日米各々ともに同じレーベル(アメリカ:FRONTIERS RECORDS、日本:キングレコード)から発売されているが、ジャンルの細分類はハードロックではなく「メロディアスロック」とされている。〕。当初はセールスに恵まれなかったが、1982年シルベスター・スタローンの依頼により作曲したアメリカ映画ロッキー3』の主題歌「アイ・オブ・ザ・タイガー」が全米で6週連続1位という大ヒットを記録した。同曲を収録したアルバム『アイ・オブ・ザ・タイガー』も最高位2位まで上った。1980年代前半当時に隆盛を誇っていた産業ロックのバンドのひとつに数えられ、1985年には映画『ロッキー4/炎の友情』の主題歌「バーニング・ハート」もヒットさせている。なお、この曲は、ボクシングの亀田興毅オリックス・バファローズ小松聖投手が自らの選手登場曲として使用している。
1983年に「アイ・オブ・ザ・タイガー」などのヒットを歌ったデイヴ・ビックラー(1953年ノースダコタ州生れ、元・ジェイムスタウン・マサカー、マライア)からジミ・ジェイミソン〔ジミをジム、ジェイミソンをジャミソンと表記したメディアも見られる。〕(1951年ミシシッピ州生れ、元・ターゲット、コブラ)へとボーカルが代わるが、バンドはこの後に黄金期を迎える。1980年代中盤に「バーニング・ハート」を始め4曲のトップ10ヒットを放ち、ロン・ネヴィソンによるプロデュースの下でリリースしたアルバム"Vital Signs"、"When Seconds Count"の2作も好セールスを記録した。1980年代後半、音楽性がヘヴィな方向に変化しセールスが落ち込んでくると、実質的にジミ、フランキー・サリバン(1955年シカゴ生れ、ギター、元・マライア)、ジム・ピートリック(キーボード&ギター)のトリオとなり、ベース、ドラムスが流動的メンバーとなった。その後はバンド活動が停滞しメンバーのソロ活動が目立つようになった。特に1989年から1993年の間はバンドとしての活動は完全に休止し解散状態であった。
1993年にデイヴが復帰するも新作アルバムのリリースはなく、ベストアルバムに新曲を収録した程度であった。1999年にはジミ・ジェイミソンズ・サバイバーの名でアルバム"Empires"が発表されたが、これはサバイバーの名を使ってツアーを続けていたジミの2作目のソロ作品であった。サバイバー本体(結成時からの一貫したメンバーであるフランキー・サリバン)からジミに対してバンド名の使用を巡り訴訟が起こされていたが、同作発表後フランキーがサバイバー名義の所有権を得たことで決着が付き、アルバムもジミのソロ名義に変更された。結成メンバーのジム・ピートリックも1996年にバンドを離れ、2000年代はソロ・プロジェクトのプライド・オブ・ライオンズに専念した。
2006年、18年振りとなるオリジナルアルバム『Reach』を発表。同作ではジミ・ジェイミソンがボーカルを務め、フランキー・サリバンがギターとプロデュースを担当し、ジム・ピートリックが作曲でのみ参加した。同年、ジミ・ジェイミソンは脱退し、後任としてロビン・マッコーリーが加入。2008年、ジミ・ジェイミソンがジム・ピートリックと組んで3作目となるソロアルバム"Crossroads Moment"を発表、こちらも、もう1つのサバイバー復活作品として好評価を得た(ただし、サバイバーの名義は上記の経緯から1999年以降フランキー・サリバンが所有権を取得しているため、彼が参加しないプロジェクト・ユニットが使用することはできない)。2012年のツアーから、再度、ヴォーカリストにジミ・ジェイミソンが復帰、さらに2013年からはデイヴとのツインボーカル体制になっていた。
2014年8月31日、ジミ・ジェイミソンが心臓発作のためテネシー州メンフィスにある自宅で亡くなった〔サバイバーのリード・シンガー、ジミ・ジェイミソンが死去 amass.jp 2014年9月2日〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「サバイバー (バンド)」の詳細全文を読む




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